この日記は全てノンフィクションであり、登場する人物・団体名などは全て実在のものです。
3月
3月31日(金)雨
去年から始めた「南九州登山と温泉の旅」シリーズ。今回チャレンジするのは「高千穂峰」。去年は初日に登ったが、今回は朝からずっと雨だったので翌日登ることにした。
雨の中ドライブして「霧島神宮」に行き、傘をさして散策した。去年は前を通っただけだったので境内があんなに広いと知って驚いた。



樹齢800年の樹にパワーをもらった気がした。



今回の宿は「摘み草の宿 こまつ」。以前から憧れていた宿の一つなのでかなり楽しみにしていた。一日六組の小さな宿だが、接客、部屋、お風呂、料理とも文句なしで期待以上の宿だった。
特に料理は一品づつ素晴らしいもので、姫と二人で上機嫌で食事ができた。
ここは一度だけでは終われない。必ずまた泊りにくるだろうと思う。

「老大樹」

老大樹 生きて苔むす 八百年 

3月23日(木)晴れ
術後一週間が経過した。腫れは手術前と同程度に戻った。問題はここからどれだけ小さくなるかだが、ここで縮小が止まれば今回の治療は全く意味をなさなくなる。どうしても振り払えない不安がある。ただ、以前のように拍動していないことは確かだ。
調べてみるとどうも腫瘍の縮小には数ヶ月かかるようだ。気長に待つしかないか。とりあえず今度の土曜日に抜糸。

体調はすっかり戻った。退院した日に薬院から自宅まで歩くのがきつくてちょっと驚いたが、人間は3日間寝込むと体力の回復に2週間かかるらしい。どうりでいつも通りにはいかないわけだ。
もうすっかり元気だが、念のためトレーニング再開は4月に入ってからにしておこう。

「ひとりごと」

ため息と 鏡の前の ひとりごと

3月18日(土)曇り
今日からの連休を利用して自宅療養。とは言っても身体も動かさないと逆に仕事復帰した時にきついので午前中は家中の掃除をした。午後は車のバッテリーが心配だったので少し近所を走らせた。その後、少しだけ散歩。
映画は2015年版の「日本の一番長い日」を観た。半藤一利の原作も読んだし、1967年版の映画も観てたので、今だとどういう映像になるのか興味があったので観てみた。俳優陣の演技は素晴らしかった。

「Saving Private Ryan(邦題:プライベート・ライアン)」、「The Thin Red Line(邦題:シン・レッド・ライン)」、「Enemy at the Gates(邦題:スターリングラード」、そして昨日観た「Fury(邦題:フューリー)」など、最近の戦争映画は戦闘シーンが非常にリアルだが、あれは真実を伝えることで次の戦争を防ごうとしているのだろうと思う。
昔のドラマや映画では撃たれても血も流さず五体満足のまま死んでたけど、今では首や手が吹っ飛ぶのはざらだ。残酷で気持ち悪いが、それを敢えて再現するべきだとワシも思う。若い人に、こんなこと人間のすることではないと思わせないといけない。

戦争はよくゲームのテーマとして使われている。若い人たちはおもしろおかしく画面上で戦争をしている。
彼らは実際にその戦争に参加した人たちが体験した怖しさ、苦しさ、悲しさ、悔しさを想像したことがあるだろうか?
おそらくないだろう。あればとてもゲームなどできない。
バーチャルの世界で蒼龍に乗るなら、その前に澤地久枝の「蒼海よ眠れ」を読んで欲しい。大和に乗るなら、吉田満の「戦艦大和」を読んで欲しい。乗組員がいかに悲惨な死に方をしていったかを知って欲しい。
また、 メーカーさんも祖先が経験した地獄をゲームにはしないで欲しい。敵味方関係なく、戦争で亡くなった全ての人たちのことをもっと考えて欲しい。
ゲーム社会になった最近、しみじみそう思う。

「戦を知る」

戦なき 時に生まれし 我らこそ
戦を知りて これを防がん

3月17日(金)晴れ
入院6日目。朝、心電図や尿管、点滴から解放された。執刀して下さったA先生が「成功しましたよ。ほぼ治ると思います。大丈夫です」と太鼓判を押してくれたので本当に嬉しかった。しかし顔の腫れはまだ一週間は続くらしい。まだしばらくはマスクの世話にならないといけないようだ。
退院はいつになるのかなと思っていたら、問題なければ今日でも退院できるということになった。そそくさと片づけて、もうお昼ご飯も出ないという話だったので姫の迎えも待たず午前中に病院を出た。看護士さんたちがみんなして見送ってくれた。
(福大病院の先生、看護士、職員の皆様、いろいろと本当にお世話になりました!)

地下鉄で薬院大通り駅まで行き、あとは歩いた。普段のマラソンコースだから全然歩けるだろうと思っていたら、やはり身体がなまってるようで結構きつかった。
自宅に戻ると姫が留守なので自分でトマトソースのペンネを作ってむさぼるように食べた。

午後からはのんびり。映画「Fury(邦題:フューリー)」を観た。そして夜は久しぶりの姫の手料理。やはりこれに勝るものはない。
あぁやっぱり自宅はいいやねぇ。天国だ。

ワシは本来形成外科に入院すべきなんだが、カテーテルの塞栓療法が脳外科の範疇だったことと、形成外科のベッドに空きがなかったのとで脳外科に入院した。この棟に入院している人たちは脳梗塞やらくも膜下出血など、非常にシリアスで、生死の境を経験した人ばかり。仲良くなった同室の人の話を聞いてるとワシなんざ運がいい方なんだなと思わせられた。
みんなそれぞれに避けられない不幸と戦っている。ワシも負けんゾ。

「人生」

苦難あり 苦難なくなり 生を知る

3月16日(木)晴れ
入院5日目。いよいよ今日は本番の硬化療法の日。午後からと聞いていたが、ワシの前に3人もいるということで呼ばれたのは4時前。また姫に見送られて手術室へ。
全身麻酔というのはなんどやってもすごいと思う。「今からぼやーっとしてきますよ」と言われて、ほんとにぼやーっとしてきたなと思った次の瞬間に、「しんぐさーん、終わりましたよー」ときた。まるでタイムマシンでちょっと未来に行った感じ。
月曜日の手術は約4時間だったが今回は2時間ほど。顔の左側に大きなギプスみたいなものがついていた。その下の頬が異常に腫れているのがわかる。
まだ食事はできず、9時くらいになって許可されたが何も食べたくないので水だけ飲んだ。あまり眠くならないので本(白石一郎の「海狼伝」)を読んだり、映画「Mr.&Mrs Smith(邦題:ミスターアンドミセス スミス」を観た。その後も眠れなかったが、何をするでもなくぼーっとしてる間にいつのまにか眠ってた。

「手術台」

身をまかす まな板ならぬ 手術台

3月15日(水)曇り
入院4日目。今日は特に予定なし。読書と映画。今日は「The God Father V(邦題:ゴッドファーザー パートV)」を観たが、保存を失敗してたようで途中で止まってしまった。なんでこうドジかいな。(>_<)
塞栓療法でだいぶ腫れが引いた感じはするが、本番は明日の硬化療法だ。それでどれくらい改善するか?いい方向に行くと信じるしかない。

ワシのいる階には名物おじさんがいる。談話室のテレビの前に陣取って、チャンネルを他の人に渡さず何か食べながら一日テレビを見ている。みんなは”チャンネルおじさん”と呼んでる。
どこに行ってもしょーがねーヤツはいるもんだ

あぁそれにしても暇だ。

「暇」

貧乏性 暇ほど嫌な ものはなし

3月14日(火)晴れ
入院3日目。地獄の一夜は明けて清々しい朝。今日はゆっくりできるかと思ったが、検査がいろいろ入っていた。エコーとレントゲンとMRI。それも一度にはできず、毎回呼び出される。ワシは暇をもてあましているので構わないが、カテーテルをした後の患者はあまり歩かせないようにするためか毎回看護士さんが車いすで送り迎えしてくれるので申し訳なかった。
それにしても看護士さんたちには本当に頭が下がる。常に笑顔で親切丁寧に対応してくれる。患者からの呼び出し音が頻繁になるが、「はーい!」とすぐに走って行く。中には何度同じことを説明しても理解できない”志村けん状態”のお年寄りもいるが、いらついた様子もなく優しく対応している。すぐイラつくワシにはできんことだ。すごいもんだとしみじみ感心した。

今日は午前中に映画「Nikita(邦題:ニキータ)」を観た以外は読書三昧。山本謙一の「利休にたずねよ」。

「看護士」

看護士の きわむる道も 悟りかな

3月13日(月)雨
入院2日目。今日はカテーテルによる塞栓術。夜中から食事抜き、朝から水抜きの状態で空腹を我慢しつつ午前中をなんとなく過ごし、午後から治療に入った。
つきそいの姫に手を握られてから手術室へ。眠くなりますよという予告もなく気付いたら終わってた。
今回は一晩個室で安静ということになった。前回は4時間だったので映画2本観れたし片足は動かせたので楽勝だったが、今回はなんと両脚に通したので両脚とも動かせない。しかも安静は翌朝まで。まさにここから地獄の始まり。
姫が帰ってから映画「Scarface(邦題:スカーフェイス)」を観たりしてるうちに消灯時間に。寝返りを自分でしてはいけないので看護士さんに時々頼んで腰の痛みをごまかしつつ眠気がくるのを待ったが、なかなか眠れない。やっと眠れても1時間で起きて時計見てため息。また寝て1時間で起きてため息。明け方にやっと長めに眠れて待ちに待った朝がきた。
尿管や心電図、腰のまわりを固定したテープからやっと解放されて起き上がることができた。
できればもうこの経験はしたくないわな。

「カテーテル」

地獄なり 足を曲げれぬ 夜の長さ

3月12日(日)晴れ
いよいよ今日から頬の腫瘍の治療のために福大病院に入院。午後から入れば良かったので、入院前の最後の食事はせめていいものを、ということで姫と「山道」にうなぎを食べに行った。やはり最高にうまかった。その余韻をもっていざ福大病院へ。

2月の検査入院の時と同じ病室だった。4人部屋だが1人分のスペースは広くて結構くつろげる。
今回の治療の手順は、まず明日月曜日にカテーテルで患部の近くの血流を遅くする塞栓術を行う。これは脳外科の担当。そして2日おいて木曜日にアルコールを注入して血管を固める硬化療法を行う。これは形成外科の担当。
さて、どうなることやら?同じことを数ヶ月おきに数回やらないといけないので今回だけで終わるものではないが、多少でも改善してくれることを祈るのみ……。

今日は特に何もないのでのんびり。映画を一つ観た。「The Usual Suspects(邦題:ユージュアル サスペクツ)」。これ3回目。あとは読書。宮城谷昌光の「王家の風日」。
晩飯はやはり予想通りのお味……。退院までもつのか?早速持ってきた海苔とふりかけに助けてもらった。

「病院食」

ふりかけの 偉大さ知るや 病院食

3月11日(土)晴れ
毎年ホワイトデーはワシがイタリア料理のフルコースを作ることになってるが、今年はタイミング悪く入院と重なったので代わりに今日、大宮の会社の近くにあるフレンチのお店「ル・ブルジョン」に姫を連れて行った。
このお店はワシらがよく利用した「レキップ」にいた料理人が独立して始めた店なので、「レキップ」のあの味を堪能することができてよかった。ワインもいいものを置いててサービスもよくて言うことなし。姫も大喜びだったので安心した。
それにしても会社の数軒隣というのが嬉しすぎる。これから接待にも使うとしよう。
美食の夜だったが、明日からは入院。恐怖の病院食の日々が始まる……。

「フルコース」

お手製が 作れずほんとの フルコース

3月5日(日)曇り時々晴れ
えしぇ蔵クッキングを始めてもう何年になるだろうか?姫に叱咤叱咤叱咤叱咤激励されながら続けてきたが、苦労の甲斐あって徐々にレパートリーが増えてきた。だがしばらく作らないでいるとレシピを忘れるので、うまくできた料理はその都度レシピを記録して残すようにした。とりあえず今はパスタレシピ集と中華レシピ集を作成中。

料理は化学実験と同じで、ほんのちょっとした工夫や手間でぐんとおいしくなる。そういう化学反応的な変化を示すところが面白い。だからうまくできた時、失敗した時、どちらも後で思い返せばちゃんと理由がある。何かが足らなかった、多かった、タイミングが遅かった、早かった、切り方は?組合せは?材料は?いろんなポイントをうまくおさえればそれなりにおいしくなる。それはわかってるんだが実際は難しい。そこがまた面白い。

最近はこれを作ると決めたら、その料理のレシピの動画をYoutubeで見る。プロの料理人の動画は本当に参考になる。細かい手の動きなどが観察できるところがいい。だが作り方が人によって違うのでどれをチョイスするかが難しいところではあるが。

とりあえず今は8日に何を作るかを検討中(毎週水曜日がワシの料理担当の日)。

「匙加減」

如何にせん これがほんとの 匙加減